子どもの頃、夜に台所に行くと、うんこの臭いがする事があった。そういう時は決まって親父が酒を飲んでておふくろが何かを作っている。
「お母さん、この臭い何?」
「これはね、くさやの臭いよ」
「うんこ臭いよ。止めてよ」と抗議したら、それからしばらくして、台所からくさやが臭う事はなくなった。

長じて酒飲みになった僕は、くさやが日本酒の素晴らしい肴である事を聞いた。子どもの頃に苦手だった食べ物で、酒の肴として食べる事で旨さを発見し、苦手を克服するというパターンがよくあるので、きっと食べたら美味しいはず、とずっと食べる機会を伺っていた。

昨日友人たちと行った、高円寺高架下の「つきのや」。
メニューにくさやがあったので、頼んでみようかという運びになった。友人の一人は「えー、俺あれ駄目なんだよなぁ」と渋っていた。

出てくる直前、既に独特の臭いが漂っていた。子どもの頃に感じたうんこの臭いというよりは…、
「動物園の臭いだ」
友人の一人が言った。そう。それか小学校の頃の飼育小屋の臭いとか。

出て来たそれは、普通の開きの焼き魚にくらべて茶色が濃く、黒ずんでいるような印象を受けた。でも、きっと食べたら美味しいはず。ドリアンとかね、あれも臭いはあれだけど果物の王様って言うじゃない?食べた事ないけど。恐る恐る口に運んでみた。

…臭いそのまんまの、動物園の味がした。

うわー!なんだこれ。予想では「あ、臭いはアレだけど美味しいね」とかそういう感じになるはずだったのに。そのまんまじゃねーか!
「もしかして、日本酒に合わせたら美味しいとか…」
うん。そうかもね。ビールとかそんな浮ついた酒で日本のこの伝統的な酒肴を迎えたのが違っていたのかもね。という事で、酔鯨という日本酒を頼んだ。
まずは、日本酒を一口。良い日本酒特有の上品でクリアな甘さが口に広がる。そして、くさやを一口。

「やっぱりくせえええ!」
むしろ、クリアな味わいの日本酒で逆にくさやの臭いが際立ってしまった。
結局、4人で半分ほど食べたところで箸が止まった。
「まだ食べる?」
「俺、もういいや…」
「俺も…」

で、その後に注文した秋刀魚の塩焼きが旨い事。
「あーやっぱ焼き魚っつったらこれだよねぇ」
日本酒・酔鯨ともばっちりな相性。くさやとは段違いな早さで蹂躙されていく秋刀魚の身。くさやは早々に下げてもらった。

以上。これが僕のくさや初体験である。結果を勝ち負けで言うのであれば惨敗と言ったところだろう。
悔しい。僕は悔しい。自他共に認める酒飲みで、日々酒道を追求せんとしている僕としては、やはりくさやの旨さは開眼しておきたかった。
「くさやって臭いよねー。あんなん人間が食べるもんじゃねーよ」とか言ってる友人たちの中で、
「いやー、あれは酒の最高の肴だよ」とか言える自分でありたいと。


…このままでは終われない。むしろ、僕のくさや道は今始まったのだ。
そのうちリベンジします。

くさや